2021年4月5日月曜日

『別荘』ホセ・ドノソ(現代企画室)

  私が参加している某読書会では一冊の本を数回に分け約1年かけて読む。各回の該当ページより先は読んではいけないという面白いルールもある。ホセ・ドノソの小説『別荘』が課題本に決まり読み始めたとき、世界はまだコロナ前だった。だが途中で状況は一変し、後半の会は残念ながら中止に。でもせっかく買ったことだし、と読み進めるにつれ、偶々掌中にある1970年代の作品の内容が現在の現実世界と重なっていき、この時期この小説と出会えたことは必然に思えてきたのだった。

 本作は、マルランダなる架空の荒地にたつ豪奢な建物=<別荘>を舞台にした物語である。この館の持ち主、ベントゥーラ一族が遠方の首都からひと夏を過ごすためにやってくる。彼ら兄弟姉妹と配偶者含め十数人、その子供たち30人以上、さらに使用人多数も含めた大所帯。一族は、かの地の金鉱を自らの所有物としたうえ原住民を働かせ搾取した金(きん)の売買で財を成し、一帯を支配下に置いている。伝統と規律の保守的思想をもつ大人世代ベントゥーラ達は、”現地人には食人習慣がある”という噂を流布し皆の恐怖を煽ることにより家族の結束と自らの権力を維持しようと躍起である。槍でできた塀が張り巡らされ外界と遮断された敷地内において、子供たちは<公爵夫人は五時に出発した>という謎の芝居を演じるのに夢中で、親たちに支配されているという意識すらないようにみえた。

 ある日、別荘での単調な生活に飽きた大人たちのなかからピクニックへ行こうという計画がもちあがり、風光明媚な別天地に惹かれた彼らは子供たちを置いて出発する。途端、それまで従順にみえた子供たちの様相がかわり、不穏な動きが活発化。既存の価値観を転覆させようとする者、現状を維持したまま権力を掠め取ろうとする者、塀を破壊し外界との境をなくそうと画策する者など、大人たちの軛を逃れた彼らの活動により次第に<別荘>は変貌していく。そして、進歩的な考えをもつがゆえ「食人」原住民と親密で、ある事件をきっかけに狂人として塔に幽閉されていたある男が解き放たれる。彼はこの「革命」のリーダーとして担ぎ上げられてゆくのだが...。

 年端も行かない子供たちがわざと年齢不相応な大人びた台詞を吐くことからもわかるように、これは<別荘>を国や共同体に見立てた権力を巡る寓話である。大人たちが仮想敵をつくり民をまとめようとする姿はどこかの指導者にそっくりだし、腐った現実をみてみぬふりで偽りの享楽に狂騒する人々、それぞれの欲望をベールの裏に押し隠し「正義」を振りかざす滑稽な権力闘争劇など、私たちにとってももはやおなじみの光景に溢れている。

 そして何より私が「今っぽい」と感じたのは、全編を通して彼らをじわじわと恐怖の淵へ追いやっていく<グラミネア>という背の高い植物の存在だ。荒地に無数に自生するそれらはある時期になると息もできぬほど大量の綿毛を放出しその威力で人間に死をもたらす。<皆同じマスクをつけて綿毛の攻撃に耐え忍んでいるようだった>、などと描かれるように、建物に籠りただ災厄が過ぎるのを待つしかない登場人物の姿は現在の私たちそっくりなのである。

 使用人や原住民を抑圧し好き放題狼藉をはたらいてきた者たちと、それをひっくり返そうとする者たち、名も覚えきれぬほどたくさんの登場人物が入り乱れ、限定的な空間を舞台にしているにもかかわらず、壮大な物語が織りなされる。五百ページ超の大部だが抜群のストーリーテリング力でぐいぐい読ませるので臆せず挑んでほしい。最後に待ち構える大カタストロフィーは今に繋がる。M