2022年5月15日日曜日

『宝島』真藤 順丈(講談社)

 沖縄復帰50年。テレビラジオでは数多くの特集が組まれており、できる限りチェックするようにしている。だが興味のないひとは「復帰」といわれてもピンとこないのかもしれない。先日みたある番組でインタビューを受けていた若い観光客は沖縄に来るまで米軍基地があることすら知らなかったという。  

 真藤順丈『宝島』は、沖縄に詳しくない、さほど興味のない、そんなひとにこそおすすめしたい「ちむどんどん(胸がどきどき)」すること間違いなしの一冊だ。  

 第9回山田風太郎賞、160回直木賞、第5回沖縄書店大賞の三冠受賞作、本作には、沖縄の熱気、絶望、そして希望が圧倒的な筆力で描かれている。  

 アメリカ統治下の沖縄(「アメリカ世(ゆー)」という)。生活の糧を得るため、米軍の倉庫や基地から物資を奪い生計を立てた「戦果アギヤー」と呼ばれる者たちがいた(これは史実)。その中でもとびきりのカリスマ性を発揮し「英雄」として島民皆から慕われたオンちゃんがある夜「仕事」の直後に消えた。残されたのは、同じアギヤー仲間にして親友のグスク。兄オンちゃんに憧れる武闘派の弟レイ。そしてオンちゃんを待ち続ける恋人ヤマコ。  
 その後、彼らはそれぞれ、警察、アシバー(ヤクザ)、教師という全く異なる道を歩む。それでも3人には共通の目的があった。オンちゃん失踪の真相を探ること。米軍内部に入り込み情報を得るためスパイのような仕事を請け負うグスク。ヤクザ同志の抗争から島を飛び出し遥か遠方で意外な事実をみつけるレイ。反基地運動に身を投じてゆくヤマコ。復帰前の沖縄のうねりと重なる20年の歳月の末、彼らが目にする真実とは?オンちゃんは生きているのか?それとも?  

 500ページを越す厚さにもかかわらず頁をめくる手を止めさせないストーリーテリング力は凄まじく、そこに生き生きとしたウチナーグチ(沖縄の言葉)の応酬が魂を込める。ちなみに作者はウチナーンチュ(沖縄人)ではなく内地の人である。これぞ作家の執念がなせる業かと唸らされる。作者のインタビューを読むと、沖縄人ではない者がこういう物語を書いてよいのか葛藤があったそうだが、発表後には地元の人々にも広く受け入れられ安心したそうだ。  

 ユンター(語り部)が皆に語りきかせているという体の、軽快で笑いも随所にちりばめられた文体だが、米軍戦闘機墜落事故や米兵による暴行事件、そして民衆の怒りが爆発したコザ暴動などあの時代を語るとき欠くことのできない重大事件も数多く織り込まれている。誰もが楽しめるエンターテインメントにして沖縄戦後史を内側から概観できる”歴史小説”でもあるのだ。 

 「さあ、起(う)きらんね。そろそろ本当に生きるときがきた」  

 序章におけるオンちゃんの台詞だ。この本の表紙には「HERO’S ISLAND」という副題が印刷されている。ハリウッド製「ヒーロー映画」が映画界を席巻して久しいが、宇宙からやってきた侵略者やモンスターを撃退することだけがヒーローなのだろうか?本当の「英雄」とは何か?この小説は問う。そのこたえを語ることができる自分の言葉をみつけたとき、ようやく目がひらき、物語が、はじまる。M