2022年7月25日月曜日

『ディスタント』ミヤギフトシ(河出書房新社)

  映像、オブジェ、写真など様々な形態で作品を発表する現代美術作家ミヤギフトシの初めての小説集『ディスタント』は読む者に「きらめき」を体感させる。それは文字通り「光」のことだ。

<金色の刺繡糸がジョシュの呼吸に合わせてかすかに光を反射し、彼のまわりを無数の埃が金色の粒子になって浮かんでいた>

 ここではわかりやすく具体的に光が登場する箇所を引用したが、直接それを描かずとも、ミヤギ氏の文章はどれも静かに発光している。それは彼が光と影を採取するプロ、写真家でもあることが大きな要因のひとつだろう。自分の内側にみえないカメラを向け、様々な記憶や風景をシャッターのかわりに言葉で切り取り、コラージュのように配置した、本作はそんな一風かわった小説なのである。小説という体をとっている以上主人公=作者ではないが作者の経歴やインタビューを読むかぎり「≒」ではあると考えてよいと思う。

 主人公は80年代初頭に沖縄の小さな離島で生まれた男性。セクシャルマイノリティでもある。小さな島から那覇に出たのち、大阪の専門学校を卒業し、ニューヨークの大学へとすすみ現在は東京で活動するアーティスト。読者は時代を行き来する回想を味わいながらその人生のパーツを脳内で組み立てていくことになる。

 子供の頃、ハーフの双子と一緒に米軍基地の近くの部屋でレンタルビデオをみて過ごした幸せな時間。友達4人で行方不明の難民の子供を探しに<秘境>と呼ばれる小さな島へ冒険へ行く映画『スタンド・バイ・ミー』のような話。大阪で、成長した件の双子のひとりと再会し那覇での高校時代の甘苦い出来事を思い出す話。ニューヨークで作品づくりのため、見知らぬ男性の家へあげてもらい、<まるで恋人どうしであるかのような写真>を撮影する話。などなど。

 派手な見せ場やあっと驚くようなどんでん返しはない。明確な起承転結もない。あるのは小さなエピソードの連なりだけだ。しかし驚くほど心奪われる。それは各光景が、誰もが若い頃経験する”何者でもない時間”の、どこへ辿り着くとも知れぬ大海を揺蕩うような、不安と期待と切なさが入り混じるあの感覚を思い起こさせてくれるからだ。

 静謐ながらも改行少なく押し寄せてくるような文章は物語を駆動させるためのたんなる道具ではなく、本というキャンバスにばらまかれた大量のスナップのようだ。テレビゲームや音楽、ハリウッド映画など当時のポップカルチャーも大量に織り込んだその一文一文から、苦悩や痛みも含めそれまでの人生すべての瞬間を愛おしむ気持ちが伝わってくる。それが一見平凡な時だったとしても。いや。だからこそ。


<長い両腕が持ち上げられ、腕、肘、手と僕は視線を上げていき、開かれた細く繊細な指にみとれながら、その隙間を流れる空気を想像しようとした。このまま濃さを増すと黒くなってしまいそうなほど深く沈んだ青色は、ささやかにちらつくきらめきをも吸い込んでしまいそうだった>。時折顕れるこのような文章に私は息をのむ。主人公が好意を抱いたと思しき相手へと、自然と彼の眼は”ズーム”し、目に見えぬ空気の粒子すら心にやきつけようとするのだ。

 最後の章で、主人公の人称がそれまでの<僕><私>から三人称<ジャック(ニックネーム)>へと変化する。それは長い時と移動を経て成長し自分を客観する視点を獲得したという証だろうか。離島から大都会へ。子供から大人へ。物理的な距離。時間的な距離。様々な”ディスタンス”で対象に焦点を合わせ綴られた無数の思い出たちが、きらめく星座のようにひとつの青春を浮かび上がらせる。M